新しい色彩を追う
はじめに
近年、開発が盛んに行われている「色」。
人類は古来より様々な方法で「色」を獲得し活用してきました。ラピスラズリから作られる高級な青色である「ウルトラマリン」、コチニールカイガラムシを乾燥・粉砕することで得られる赤色の「コチニール色素」などが有名です。
色の発見は私たちの生活に大きな変化をもたらします。道具や技術などの発展はもちろん、身近なところでは乗用車のカラーリングや建物の外装内装など、あらゆる分野で活用されています
この記事では、最近になって発見された色を中心に、その詳細と将来性についてまとめていきます。
そもそも「色」とはどうやって発見されるのか?
人類はもともと、自然界に存在する素材から色を得てきました。
貝紫色はアッキガイ科の一種の粘膜から作られる顔料であり、紀元前1200年ごろから利用されてきました。炭は先史時代以来すっと黒色として使われています。エジプシャンブルーは孔雀石などの銅鉱石で着色したガラスを砕いて作られます。エジプシャンブルーは紀元前3000年頃から利用されていて、人類最古の合成顔料の一つだと考えられています。
自然物由来の素材であることの最大の欠点は採取できる量に限りがあることです。なかでも、ラピスラズリから作られるウルトラマリンは、金と同じ価値があるとして高値で取引されてきた歴史があります。
このような理由から、人類は色を人工的に作り出すことに尽力してきました。先述したように紀元前からも人工の顔料は存在しましたが、その種類が飛躍的に増加したのは18世紀の産業革命期だと言われています。
産業革命・科学革命を経て、人類の持つ色は大幅に増加しました。より化学的な手法で色を抽出・合成することが可能になったからです。しかし、色の発見は必ずしも狙ってできるものではなく、歴史上大きな発見も偶然から得られたものが多々あります。ラピスラズリの代わりに使われるようになった青、「プルシャンブルー」も、偶然によって発見されたのです。
後述する「インミンブルー」を発見したアメリカの科学者、マス・サブラマニアン教授は「色を発見することはできない。特定の波長において特定の反射をする素材を発見できるだけだ」と言います。実際、色とは全く無関係の物質の開発中に新たな色が発見されることも多いのです。
ここからは、実際に発見された色を挙げ、その詳細についてまとめていきます。
1.インミンブルー
・200年ぶりに発見された全く新しい青色
2009年、オレゴン大学での実験中に200年ぶりに偶然発見された新しい「青」。正式表記は「YInMnブルー」となり、Y=イットリウム(Yttrium)、In=インジウム(Indium)、Mn=マンガン(Manganese)という3つの主原料の頭文字をとった名前となっています。これまでに発見されている青よりもかなり強い発色を持ち、色褪せることがほぼないことが特徴です。
インミンブルーは不活性物質であり、安定性が高いと言われています。そのため、色褪せることはほぼなく、毒性もないです。また、熱反射率が高く、マンガンの量を調節することで青の濃淡を変えることができます。更には、他の鉱石物を混ぜることで新しい緑やオレンジなどが作ることができると考えられています。具体的には、鉄を混ぜるとオレンジ、銅を混ぜると緑、亜鉛・チタンを混ぜると紫色が作れると言われています。
また、インミンブルーは既存の他の青とは違い、太陽光線に含まれる赤と緑の波長の光を完全に吸収します。そのため、反射される光は青の波長だけとなるため、既存のどの青よりも純粋な青色としての発色が可能です。フタロシアニンブルーよりは明るく、ビクトリアブルーよりは暗い色合いだそうです。
欠点としては、インミンブルー1kgで1000ドルもの価格になってしまう点が挙げられます。これは、インミンブルーの材料であるインジウムがスマートフォンなどの液晶に使われるため需要が高く、高価格で取引されるためです。
https://www.bloomberg.com/features/2018-quest-for-billion-dollar-red/
・インミンブルーの活用
インミンブルーはその安定性の高さから、建築物の外装の塗装への利用が期待されています。また、熱反射率の高さを利用して、建物の室内温度を下げるなどの効果も期待されています。
ウルトラマリンに代わる発色であり、安全性・安定性も高いことから、絵画などの美術品の修復にも活用できるのではないかと考えられます。また、水族館や動物園など、生き物との関わりが深い場所での装飾・塗装への活用もできるのではないかと考えられます。
実はこのインミンブルーは、既に絵の具や顔料として購入することが可能なようです。興味のある方は是非。
https://pigment.tokyo/ja/product/detail?id=2989
2. ???(名称未決定)
・99.995%の光を吸収する完全なる黒色
完全に光を吸収する黒といえば、「ベンタブラック(Vantablack)」が近年発見されて有名ですが、2019年にベンタブラックを超える新たな黒が発見されました。これまでに世界一黒い物質とされていたベンタブラックの光吸収率は99.965%でしたが、今回発見された新素材の光吸収率は99.995%であるため、ベンタブラックの約10倍の光吸収率を誇っています。
あまりにも黒すぎるため、人間の目ではベンタブラックの黒との差は識別できないそうです。
この新素材は、マサチューセッツ工科大学と上海交通大学が、カーボンナノチューブの共同開発を行なっている際に偶然発見されました。なぜこれほどまでに光を吸収するのかのメカニズムはまだ解明されていないそうです。このメカニズムか解明された時、この黒よりもさらに光を吸収する黒が生まれるだろうと研究者は語っています。
また、この黒色を使って、イエローダイアモンドの表面を塗装するというアートプロジェクトも敢行されました。タイトルは「The Redemption of Vanity(虚栄心の償還)」で、2019年9月13日にニューヨーク証券取引所で公開されました。
http://news.mit.edu/2019/blackest-black-material-cnt-0913
・活用
宇宙探査機の搭載される望遠鏡の遮光部分などに使用することでより精度を上げられるのではと期待されています。
また、黒という色は熱を吸収しやすい色でもあるため、太陽光発電のパネルなどに使えるのではと考えられます。
この黒色の発見によって既存の黒との差がさらに開いたため、黒色だけで絵を描くなどの試みも可能になるのでは。
3.カテキノピラノシアニジン
・定説を覆した未知の色素
2019年に名古屋大学、弘前大学、名城大学の三学共同開発により発見された新しい紫色色素。赤小豆の種皮から発見されました。
植物性食品の色素としては、赤色や紫色はアントシアニン、橙色はカロテノイド、緑色はクロロフィルが有名です。
小豆の赤色は、今までは多くの花や果実の色素として知られている「アントシアニン」ではないかと考えられていましたが、実際にはアントシアニンはほとんど含まれておらず、カテキンとシアニジンが縮環した新規物質であることが判明しました。発見された新規物質は「カテキノピラノシアニジンA,B」と命名されました。
カテキノピラノシアニジンという色素は水にはほとんど溶けず、強酸性(pH1)から中性(pH5)で美しい紫色を発色します。
この色素は室内光のような弱い光でも分解されてしまいますが、暗い空間では安定して分解されません。また、赤小豆から調製した餡にもカテキノピラノシアニジンが含まれていることがわかり、これにより餡の紫色もこの色素由来だということが証明されました。
https://www.mame.or.jp/Portals/0/resources/randd/pdf/h29_randd_13.pdf
・カテキノピラノシアニジンの活用
限定的な使い道ではあるが、食品への着色料としての活用が見込まれています。特に、高級品の正確な色の追及には大きく貢献することと思われます。
この色素が絵の具などの画材等への応用が可能ならば、新しい紫色の表現が広がりそうです。
4.ジケトピロロピロール
・汎用性の高い鮮やかな赤色
1980年代の初頭に、ミシガン州の大学で偶然発見された赤色。顔料としては「PR254」「ピグメントレット」とも呼ばれ、橙色から赤色を呈します。
粒子の径を制御することにより透明性を制御することができ、粒子径を小さくすることでやや青みを強くすることができます。
ミシガン州立大学では、新たな反芳香族化合物(炭素、窒素と酸素からできた、反応性が高く非常に不安定な化合物)の発見の実験を行っていました。実験の結果、彼らの求めていた特性を持つ物質は発見できませんでしたが、出来上がった物質は明るく鮮やかな赤色の粉だったといいます。
ジケトピロロピロールはキナクリドンなど、ほかの物質と混ぜることにより黄みを帯びた様々な赤色を作り出すことができます。ピグメントレッド○○(○は数字)という名前で多数展開されています。
・ジケトピロロピロールの活用
ジケトピロロピロールは、最終的には半導体や赤系の顔料の化学的基礎として使われることが多くなりました。特に自動車の塗装に使われることも多く、そのことからしばしば「フェラーリ・レッド」と呼ばれることもあります。
5.鉛錫黄
・歴史の中で消え、再発見された黄色
色の中には過去に一時期愛用されていたにも関わらず、その危険性や高価さなど、なんらかの理由で使われなくなり、やがて作り方も忘れられてしまった色も多々あります。
「古き巨匠の黄色」とも呼ばれる「鉛錫黄」もその一つでしたが、1941年になりドイツの化学者によって発見されました。鉛と酸化スズが組み合わされて作られるこの色は有毒で、一説にはそのことが原因で人々がこの色を使わなくなったのではとも言われています。使われなくなった説として最も有力なのは、「ネープルスイエロー」という黄色が代用されるようになったからだと言われています。
鉛錫黄はフェルメールが愛用したことでも知られています(フェルメール『牛乳を注ぐ女』『手紙を書く女』など)。古典派の巨匠たちが好んで使ったこの黄色は、明るく白み掛かった黄色です。有毒なため現在は使用されていませんが、古典絵画の修復にも利用される「カナリーイエロー」が近い色味だと言われています。
https://en.wikipedia.org/wiki/Lead-tin-yellow
最後に
ここまで、近年になって発見された「新しい色」をいくつか紹介してきました。色は現代の生活でなくてはならない重要な要素であり、様々な用途に利用されているものでもあります。ただ見た目を美しくするだけのものではなく、色そのものが持つ特性を活かした発明や道具も多数あります。
色という要素を軽視することなく、今後の生活や制作に活かしていきたいと思う。
執筆者:小川天真